Little AngelPretty devil 〜ルイヒル年の差パラレル 番外編

  “初めてのおつかい?”
 


桜の季節が終わると次は、
芝桜にツツジ、サツキやユキヤナギなどなど、
茂みの株が小花を咲かせる。
卯の花の白が鮮やかに映えるほど、
梢を彩る若葉の緑も、日に日に濃くなってはいるけれど。
吹き寄せる涼風に遊ばれてひらひら泳ぐほど、
まだまだ幼くも軽やかで。

 「♪♪♪〜♪」

下生えの草もぽやぽやと柔らかなの、
小さなあんよで ほてほて踏んで。
小さな小さな坊やが歩む。
これでも一応は“ご使者”の坊や。
白い小袖に桂は柳緑と緋色の襲
(かさね)
筒袴も同じ緑で揃えての凛々しいいで立ちなのだけど、
そのお背
(せな)には何故だか、
巻物を斜めがけにして背負っておいで。

  ―― 何だか忍者みたいだの。
      お師匠様、今はまだそんなの居ませんが。

忍び刀の代わりのようにも見えるが、さにあらん。
これこそがお使いの本旨、
相手へお渡しする大事な書面なので、
手に持っていて落とさぬようにという配慮。
懐ろに入れると…変化
(へんげ)で着ているお衣装なため、

 『くしゅぐったいでしゅ〜〜〜vv』

脇へちょっと間だけ挟んでおくくらいしか、
まだまだ出来ないくうちゃんなので、
致し方なく こういう構えになったのだとか。

 「♪♪♪」

ところどこに淡い陰が散らばってはいるけれど、
まだまだ青葉もさほど茂ってはない陽だまりの中、
白っぽく照って明るい小道を、とぽとぽと歩む小さな姿を、
こっそりと覗いておいでの陰が幾たりか。

 《 また来やったぞ、あの和子。》

どんな邪妖か精霊かは知らないが、小さいのだから放っておけと、
さして暴れる訳でなしと そろそろ鷹揚に構える地神が多い中。
小さい者ほど神経質で過敏なものか、
不思議な坊やをついつい気にする手合いもおいで。
今はああして人の姿をしていても、
人目がなければ…お耳が立ってお尻尾が覗く和子だから。

 《 獣の精霊ならば、吾
(あが)へ宿りし小鳥を喰らうかも知れぬ。》
 《 人の式神ならば、吾
(あが)の身、難無く削ってしまうやも知れぬ。》

正体が判らぬことが最も脅威であるらしく、
それでとビクビクしもっての監視しておいで。

 「♪♪♪」

そうとは知らない和子の方では、
足取りも軽やかに、ずんずんと どんどんと歩んでおいで。
小さな歩幅の御々足が、
時折調子を外しては“おとと…”と、たたらを踏むところもご愛嬌。
甘い色合いの栗色の髪や、
ふくふくと柔らかそうな頬が、
木洩れ陽に照らされては白っぽく映え。
ふりふり振られるお手々は、
指の付け根にえくぼが並ぶほど、
こちらもまた しんこ細工のそれのよに柔らかそうで。

 「あ…vv」

鼻先を横切った蝶々さん、ひらひらふわふわ何処ゆくの?
待って待ってと追いかけかけて、
小道を外れてツゲの茂みをちょこっと踏んだ。
そんな拍子に、

 《 やっぱりだ、やっぱりだ。こやつめ、吾を害しに来やったっ。》

おおんと唸って枝が伸びる。
小さな和子のお袖へ絡もうとする。
だがだが、

 ―― 何処かから何かが飛んで来て、
     やわな小枝なんぞ、すぱすぱと斬られてしまうから。

 「???」

何かあったの?
気配を拾って小さな肩越し、よいちょと振り返った坊やだったが、
そこには何にもないし、誰〜れもいない。
振り返った拍子に蝶々さんも見失い、
う〜っといけない、お使いお使い。
元の道へと戻っての、てくてくあんよを再開すれば、

 「あ…♪」

足元の陽だまり、真っ赤な実が幾つも落ちていて。
茱萸
(ぐみ)のように小さいけれど、これでも食べられるさくらんぼ。
小鳥さんがついばんだ拍子、ついでに幾つか落ちたらしい。

 「しゅっぱ〜いvv」

身につかないだけで食べられない訳じゃあないから、あのね?
桃とかびわとか、イチジクに柿、
果実や木の実も甘くて美味しいって、知ってはいる仔ギツネさん。
でね、このごろは酢っぱいのもちょっとは平気。
だからね、しゃがむと赤いのを拾ってみたの。
甘いのもある、しゅっぱいのもある。
落ちたばっかのは つやつやしてて、
おやかま様が小箱にお入れの、宝珠みたいで綺麗なのvv
うわぁとはしゃいで、幾つか拾っておれば、

 《 やっぱりか、やっぱりか。こやつめ、吾を害しに来やったっ。》

さっきとは微妙に違うお声がざわめいて、
傍らにあった野荊
(ノイバラ)の茂みがざわざわ震える。
蛇のように音もなく、地を這う蔓が坊やの足元へと忍び寄ったが、

 ―― 何処かから何かが飛んで来て、
     アオムシのようなやわな蔓なぞ、すぱりと斬られてしまい

 「???」

おやや? 何かあったの?
きょろきょろと辺りを見回すが、
その足元には…切り口に薄くて透けてる何かを貼りつけた蔓が、
何本かほど くたりと散らばってるだけ。
陽だまりの中に、さっきはそんなの無かったのにな。

 「? どしたのかなぁ?」

小さなお尻が地面へくっつきそうなほど、
深々としゃがみ込んでたそのまんま。
あれれぇ?と小首を傾げておれば、

 「お前の方こそ どうしたよ。」

そんなお声がしたのへと、弾かれるように上がったお顔。
ふわふかな前髪が覆う丸ぁるいカーブのおでこの下では、
潤みの強い大きなお眸々が、ぱちぱちっと瞬いてから“にゃはvv”と細まる。
尻餅をつかぬよう、前へと手をつき、よいちょと立っち。
それからそれから“ぱたたっ”と駆け出せば、
気持ちの高揚がそうさせるのか、
先っぽをてぐすで釣ったよな、
軽やかにふわふわと遊ぶお尻尾が、
小さなお背
(せな)へと姿を見せる。
それをばぴょこぴょこと弾ませて、
たかたかと小走りに駆け寄った先におわしたは、

 「あぎょんっ!」

何やら修行者のそれのよな、
濃紺厚手の道着に筒袴をはいた、精悍で上背のある男。
背中を預けた樫の木よりも、雄々しくも堅い前腕を、
胸の前にて重ね組む姿も堂々と、
様になっておいでの偉丈夫なれど。
こうまで深き森の中、
ごくごく普通のお人がひょこりと居るはずもなく。

 「久しいな。3日振りか?」
 「えとうと、ひぃのふぅの…う〜んと、そぉ♪」

小枝みたいな指を折り折り数えてそれから、
しゃがんでくれないお兄さんの、高い目線へ届けとばかり。
前足、もとえお手々で掴まり、
よいしょよいしょと降りて降りてと引っ張るのでやっと、
ど〜らと屈んで下さる恐持ての彼こそは、
ここいら一帯、
京都山科から、山城、大和吉野まで、
結構な広さの近畿一円を差配する、
蛇神様の“阿含”といって。
本来だったら餌食としてしか他の種族に関心は持たぬに、
どういう気まぐれ、それとも魔が差してだろか。
この小さな狐の和子にだけは、
何の代価もなかろうに手厚く遇しておいでの模様。

 「何をまた仰々しくも背負って来やった?」

これが他の者ならば、訊くより早く取り上げてしまおうに、
片膝ついた残りのお膝に乗っけてた手を延べ、
見るが良しか?と確認を目顔で取る丁寧さ。
勿論のこと、くうちゃんの側に異論はないらしく、

 「お使ゅかいっ!」

にゃはvvと笑って背中を向ける。
軸棒を引けば、変わった結び方でもしてあったものか、
坊やの胸へと回されてあった紐は、案外あっさりスルリと解けて。
小さな坊やにはその背を差し渡すほどあった巻物も、
大きなお兄さんの手へ載ると、せいぜい前腕の長さもないほどのそれ。
輪環を外して広げてみれば、

 『次の五の日に駒が来る。
  新仔ゆえ、お前様には格別の馳走かも知れぬが、
  くうの気に入り、くれぐれも喰らいには来ぬように。』

なんじゃこりゃと、
わざわざ釘を差すことかいと言わんばかりに、
器用にも片方の眉だけがちょいと立ってしまった阿含だったが、

 「お使ゅかい、出来てた?」
 「んん? ああ、ちゃんと読んだぜ。ご苦労さんだったの。」

大きな手の乾いた温みが、お耳とお耳の間を撫でてくれたのも嬉しいと、
大人の御用の代理が出来たこと、わぁいわぁいとはしゃぐ坊やを見ておれば。
人を食い気の塊みたいに言うんじゃねぇよと、
ちょっぴりむっかりしかかってた憤懣も、
するすると何処かへ消え失せたから不思議なもので。

  ―― こいつぁ、俺からもご褒美をやらねぇとな。
      ごほーび?
      ああ。苺は食うか? 赤くて甘いぞ?
      あまいの? くうくうvv

嬉しそうにはしゃいでの、
大きなお兄さんが立ち上がった足元をぐるぐると回り、
こらこら踏むぞと、軽々抱き上げられて、すぐ先の野原までを連れてってもらう。
初夏の野遊び、思わぬところで教わっている、
小さな天狐のくうちゃんであるようでございます♪






  ◇  ◇  ◇



《 阿含様、阿含様。あの和子のこと、大切になさっておいでなのですか?》

「ああ? まあ、面白ぇからな。」

《 だから庇って差し上げたのですか?》

「今日のお前らの手出しへのあれやこれやを言いてぇようだが、
 俺が手ぇださなんだら、お前らえらいことになってたぞ?」

《 はい?》

「あれの後ろにゃあ、天狐の惣領に蜥蜴の総帥、
 荒武神を式神みたいに憑かせてるチビさんに、
 それから、人の和子だがそれにしちゃあ妖力が桁外れの術師にと、
 とんでもない顔触れの後ろ盾がわんさとついてる。」

《 ………ということは?》

「誰ぞがあの坊主を害すれば、
 俺なんざじゃあ防げねぇほどの怒りの雷霆落ちまくりの、
 阿鼻叫喚、とんでもねぇ地獄絵図になってたってこった。」

《 そっ、それは〜〜〜〜〜。》



   ――― おあとがよろしいようで






  〜どさくさ・どっとはらい〜 08.5.07.


  *かあいらしい子供の描写などにたびたび使っております
   “しんこ細工”というのは、
   もち米じゃあなく米粉で作った、
   きめの細かい餅生地で作る細工菓子のことで、
   すぐ乾いて堅くなる餅でなく、
   三色団子なんかを想像していただくと判りやすいのではないでしょか。
   また“ぎゅうひ”というのは、
   蒸した白玉粉に砂糖や水あめで甘みを加えたもののことで、
   こちらはうるち米と餅米を合わせたものだそうです。
   どっちも食べ物で恐縮ですが、よく言うじゃあないですか、
   食べてしまいたいほど可愛らしい…ってvv

  *不発だったオチはとっとと片付けて。
(苦笑)
   天世界で神様に仕えるはずの仔ギツネさん、
   まずは人間のお使いで予行練習の巻でした。
(う〜ん)
   お待たせしました、やっと姿を出せた阿含さんです。
   あんまり出すのは調子づいてないかとか思ったのですが、
   そんなこともないようなので、ホッとしました、ありがとうございますvv
   これからもどうかよろしくお願い致しますねvv

  めーるふぉーむvv ぽちっとなvv

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